本作は1946年WTの11月号に収録された。同作者の4作品あるうちの一作目。
C・ホール・トンプソンは「ダーレスに葬られた作家」として怪奇文学界で知られる謎めいた作家である。『ウィアード・テールズ』誌で本格デビューし、わずか4編の作品を発表した新人作家だったが、そのすべてがラヴクラフト譲りの恐怖への情熱に満ちた優れた作品だった。
本作はラヴクラフトの『インスマスの影』に呼応するような作品として評価された。パルプ文学研究家ロバート・ワインバーグは著書”The Weird Tales Story”において、「トンプソンはダーレスが掲載中止を求めるまでラヴクラフトの模作を複数執筆していた。ただしダーレスの介入が正当だったかは疑わしい」と指摘した。
実際に検証すると、トンプソンによるラヴクラフト模作は『緑の深淵の落とし子』と「The Will of Claude Ashur」(1947年7月号『ウィアード・テールズ』掲載)の2編のみである。後者はラヴクラフトの『戸をたたく怪物』とビショップの『メデューサの呪い』を融合させたような作風で、ミスカトニック大学や『死霊秘法』『無名祭祀書』『エイボンの書』といった神話要素が散りばめられており、著作権に敏感だったダーレスの反感を買ったと予想される。
しかし注目すべきは、その後発表された『蒼白き犯罪者』(1947年9月号)と『粘土』(1948年5月号)がラヴクラフト神話とは一線を画した独自性の高い作品だったという点である。『The Will of Claude Ashur』掲載から約1年後も作品を発表していた事実は、トンプソンの筆業中断がダーレスの抗議だけが原因だったとする通説に疑問がある。
これまで多くの研究者がトンプソンの沈黙をダーレスの介入によるものと断定してきたが、時を経た今、その真相はより複雑だったのではないかという新たな視点が浮かび上がる。
東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて、
「ラヴクラフト作品の模倣であるとして、ダーレスが『ウィアード・テイルズ』編集部に猛抗議をしたことで知られる、曰くつきの作品。なるほど<インスマス物語>の影響は随所に認められるものの、孤絶した洋館で繰りひろげられる深讐纏綿たる愛憎悲劇は、ラヴクラフトよりもポオのそれに近く、狂熱を湛えた雰囲気構成の巧みさにも非凡なものがあった。安易にアイテムを踏襲することなく、独自の神話世界を追求しようとした姿勢は再評価されてしかるべきだろう」(引用)と述べている。
- ジェイムズ・アークライト医師…脳外科医
- カッサンドラ・ヒース…ラザラス・ヒースとゾス・サイラの子供
- ラザラス・ジョン・ヒース
- アンブラー医師…町医者
- エブ・リンダー…雑貨屋の店主
- ソリー・ジョウ…浮浪者
- ゾス・サイラ…雌性
- ヨス・カラ…雄性、10フィートくらい
- ヨス・ザラ…選ばれたモノたちの名称、ラザラスも該当する
【舞台】
- 1920年代〜1940年代 ケイルズマス
死刑判決の日、法廷に立つジェームズ・アークライト医師。妻と胎児の命を奪った罪で、彼は死を宣告される。奇妙なことに、ジェームズはその判決を望んでいた。もし裁判前に彼の手記が発見されていれば、精神異常者として病院送りになっていただろう。だが彼は狂っていなかった。
その手記には、ラザルス・ヒースという男の怪死に関する記述や、犯行現場に続く階段の上の悪臭、海水のような跡の痕跡について綴られていた。
時は遡る。脳神経外科医として激務に追われていたジェームズは、指の震えを抑えるため完璧な休暇を求めてケールスマスという小さな町を訪れる。人口わずか50人ほどの閉鎖的な共同体で、よそ者に厳しい町だったが、その静けさこそ彼が求めていたものだった。
町で同業のエブ・リンダー医師と親しくなったジェームズは、ある日、他の家々とは異質な雰囲気を持つ館を発見する。その館について尋ねると、エブもその場にいたアンブラーも「知らないほうがいい」と口を閉ざす。
しかし、町のはみ出し者ソリー・ジョーは事情を話してくれた。その館に住むラザルス・ヒースは元船乗りで、強烈な臭いを放ち、彼の娘カッサンドラも人との交流を一切持たないという。20年前、ラザルスの船は沈没。二年後、彼は島で発見されたが、その時すでに謎の娘を抱いていた。妻は船と共に沈んだと言うが、不思議なことに乗客リストには妻の名前はなかった。
ジョーの警告を無視した代償は大きかった。ある日、ジェームズの前に突如現れたカッサンドラ。この出会いが、彼の人生を取り返しのつかない闇へと引きずり込んでいく。