本作は1980年、”New Tales of the Cthulhu Myths”に収録された。
- マイケル
- 父
- 母
- ジューン
【舞台】
- セヴァンフォード
トレーラー・ハウスの薄い壁を通して、マイケルの両親の怒号が漏れ出していた。マイケルは耳を塞ぎたい衝動に駆られ、外へと逃げ出した。それでも風に乗って断片的な言葉が届く。母は落ち着かない魂の持ち主で、常に移動を望み、父は安定を求めて定住を主張していた。永遠に解決しない対立。
「ちょっと散歩してくる」と告げ、マイケルは彼らの視界から消えた。何となく歩いているうちに、気がつけば見知らぬ森の中にいた。最初は不安も感じなかった。どこかで道に出るだろうと思っていたからだ。
やがて前方に灌木が作り出した低いトンネルを見つけた。好奇心に駆られ、腹這いになって進んでいく。しかし、進むほどに闇が重くなり、空気そのものが彼に寄りかかってくるような不気味な感覚に襲われた。直感的な恐怖が彼を支配し、マイケルは慌てて引き返した。
枝や石に体を擦りつけながら必死で戻り、小さな傷を無数に作りながらも、ようやくトレーラーに帰り着いた。しかし家に明かりはなく、中に入ると両親からの置手紙があった。彼らも外出しているようだった。
時間を持て余したマイケルは、父が集めていた「お土産の箱」を漁った。その中には彼自身もどこで手に入れたか覚えていない古びた指輪が入っていた。何気なく手に取り、ポケットに滑り込ませた。
衝動的に家を出たマイケルは、リヴァプールとは反対方向へ向かうバスに乗り込んだ。行き先も考えず、見知らぬ村で降りた。最終バスまではまだ二時間ある。
村を歩いていると、一軒のクラブが目に入った。外装に比べ、中はかなり劣悪な雰囲気だった。それでも、彼は適当に席に座り、ビールを注文した。
しばらくすると、向かいのテーブルに座っていた女性が彼のテーブルにやってきた。彼女の名はジューン。地元の生まれで、LSDの影響下にあるにもかかわらず、意志の強さで会話を成立させていた。彼女はマイケルに仕事を探していることを聞くと、クラブのバーテンダー募集のチラシを見せた。
「ここで働くなら、また会えるわね」と言い残し、彼女は夜の闇へと消えていった。
その夜、マイケルは奇妙な悪夢を見た。自分の体が揺れ、形が定まらない。周囲の景色も歪み、不気味に彼を見つめていた。目覚めた時、この夢を以前にも見た気がした。時計は午前二時を指し、両親はまだ帰っていなかった。不思議なことに、彼らがどこへ向かったのか、何となく分かるような気がした。
それから一ヶ月が過ぎ、マイケルはクラブで働くようになっていた。ジューンとの仲も深まり、彼女の家に何度か遊びに行った。彼女の両親は厳格な人たちだったが、不思議と彼を受け入れてくれた。ジューンも彼の両親に会いたがっていた。
ジューンとの初夜を過ごした日、マイケルは彼女が以前勧めてくれた古い本を読んでみた。そこに「セヴァンフォード」という地名を見つけ、興味を覚えた。索引で調べると、関連する地名が次々と現れた。驚くべきことに、それらは全て彼の家族がこれまで移動してきた土地の名前だった。
その瞬間、マイケルは理解した。両親の永遠の議論、不自然な移動パターン、そして彼自身が感じる得体の知れない既視感。すべては偶然ではなかったのだ。彼らは何かのパターンに従って移動していた。そして彼の両親の知らないところで、そのパターンにマイケル自身も巻き込まれていたのかもしれない。