本作は約5,000語の短編で、執筆時期は1926年11月頃と推測される。初出はWT(1929年1月号)で、単行本初収録はOである。校訂版はMMに、詳註版はDWHに収められている。
この物語は、ラヴクラフト自身の社会観、倫理観、美学観を反映した批評的作品として解釈できる。彼は文学的リアリズム、伝統的宗教観、ボヘミアン的生き方に対する批判を展開している。例えば、リアリズムの過度な現実主義や、科学の進歩によって揺らぐ古い信仰体系、そして自己満足的なボヘミアンの生活態度などが批判の対象となっている。
物語の構造は、主人公カーターが様々な経験を通じて人生の意義を模索するという形式を取っており、これはユイスマンスの『さかしま』(1884年)から影響を受けた可能性がある。
また、本作は作者自身の体験がフィクション化されたものとも考えられる。1926年10月にラヴクラフトが訪れたロードアイランド州フォスターの町での経験が、物語の舞台設定や登場人物の名前に反映されているという指摘がある。
「ランドルフ・カーター」シリーズの中での本作の位置づけを考えると、カーターの54年間の人生を描いた物語となっている。幼少期から始まり、様々な人生経験を経て再び幼少期に戻るという構造を持つ。カーターは30歳で「夢の扉の鍵」を失った後、様々な思想や生き方を試みるが、どれにも満足できず、最終的にオカルトの世界に傾倒していく。
本作の出版経緯は波乱に満ちている。WTは当初掲載を断ったが、後に『ファンズワース・ライト』が再考を求め、70ドルで採用した。1929年1月の掲載後、読者の反応は厳しかったとされるが、雑誌の読者投稿欄にはそうした批判は掲載されなかった。
- ランドルフ・カーター
- 初代ランドルフ・カーター卿…エリザベス女王時代の人、魔術に研磨
- エドマンド・カーター…セイラムの魔女狩りの際に逃げ出した人
- 祖父
- おじのクリストファー
- ベネジャー・コーリィ…おじの使用人、カーターのお世話係、元ネタはセイラムのコーリィ夫婦(妻マーサー72歳、夫ジャイルズ80歳)
【舞台】
- 1883年
ランドルフ・カーター、夢の世界への扉を開く鍵を失った男。現実世界に折り合いをつけようとするも、その世界は彼にとって退屈で美学に反するものでしかなかった。
様々な手段を試す中、カーターは屋根裏部屋で一本の銀の鍵を発見する。それが本当に夢の扉を開く鍵なのかは定かではないが、彼の心に奇妙な響きをもたらす。
衝動に駆られ、カーターは車を走らせ、幼少期を過ごしたニューイングランドの田舎へと向かう。そこで彼は、説明のつかない魔術的な現象に遭遇する。気がつけば、彼の姿は9歳の少年に戻っていたのだ。
さらに驚くべきことに、耳に届いたのは幼い頃の世話をしてくれた使用人の声。しかし、その使用人はとうに他界しているはずだった。
時空を超えた不可思議な体験。カーターの前に広がる世界は、現実なのか、それとも夢なのか。彼が失った鍵が開いた扉の向こうには、想像を超える真実が潜んでいた。
カーターは自身の存在の本質に迫る旅へと踏み出す。