本作は1964年、単行本『湖畔の住人』に掲載された。
ラムジー・キャンベル(1946- )は、英国のリヴァプール出身の作家で、幼少期から怪奇小説に強い関心を持っていた。5歳の時にニューススタンドで見た『ウィアード・テールズ』の表紙に刺激され、10歳から同誌の収集を始め、自らも創作を開始した。14歳の時にラヴクラフト作品集”Cry Horror”に出会い、その影響を受けてラヴクラフト風の作品を書くようになった。
1961年8月、キャンベルはいくつかの作品をアーカム・ハウスのオーガスト・ダーレスに送った。ダーレスは同年10月の返信で、ラヴクラフトの神話を使うには許可が必要だと指摘し、代わりに独自の神話世界を創るよう助言した。キャンベルはこの助言に従って作品を書き直した。
ダーレスはキャンベルをアンソロジー『漆黒の霊魂』(1962年)収録の『ハイストリートの教会』でデビューさせた。キャンベルは自分が尊敬する作家たちと同じ本に掲載されたことに驚きを隠せなかった。1964年には、彼の初の神話作品集”The Inhabitant of the Lake and Less Welcome Tenants”が刊行された。これを出発点に、キャンベルは英国の現代怪奇小説界を代表する作家へと成長していった。ダーレスは15歳の少年の才能を見抜き、無名の作家を世に送り出したのだ。
キャンベルの作風の特徴は、冷静で抑制されたタッチにある。彼の作品『湖の住人』完成後、次に取り組んだのが1962年の夏、ウェールズ北部のコルウィンベイで執筆された作品だった。この頃になると、ダーレスはキャンベルに書き直しを要求することも少なくなったが、1963年の書簡では「君の作品は物語自体に比べて結末が弱い」と指摘している。
結末の緩やかさはキャンベルの後年の作品にも見られる特徴だ。2008年度の英国幻想文学大賞を受賞した”The Grin of the Dark”では、現代的な内容でありながらクトゥルー神話的要素も含まれているが、結末は断定的ではなく宙ぶらりんな状態で終わっている。これはキャンベルが意図的に衝撃的な結末を避け、ロバート・ブロックから称賛された「目覚めているうちから悪夢を見させる」という自身の強みとのバランスを取っているとも考えられる。
本作はエイリアンが登場する初の作品もあり、ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』を源流とする展開が見られる。作中で言及される「マオの儀式」はアーサー・マッケンの『白魔』にある「マオ遊び」を踏まえたものだ。
キャンベルのラヴクラフト模倣作品の中にも、批評家S・T・ヨシが「もっとも興味深い」と評する作品であり、それはラヴクラフトではなくキャンベル自身の時代が舞台になっていることと、独特なコンセプトが理由として挙げられている。キャンベルの作品は、ブリチェスターが舞台となっている時点で、クリス・ハローチャ=アーンストの基準に従えばクトゥルー神話作品と見なすことができる。
彼の初期神話作品の一部は、1996年にフェドガン&ブレマーから刊行された”The New Lovecraft Circle”に再録され、編者のロバート・プライスはキャンベル初期の神話作品の中で最も好きな作品の一つとして評価している。
- 語り手
- フランク・ナトール
- トニー・ロールズ
- アーノルド・ハード…ブリチェスター大学教授
【舞台】
- セヴァンフォード
1958年の夏、大学生の「私」とフランク・ナトール、トニー・ロールズの三人は、セヴァンフォードの居酒屋を目指していた。実はゴーツウッドへ行こうという「私」の提案に、トニーは乗り気ではなかったが、居酒屋を探してくれたフランクのためにも足を運ぶことにした。
しかし、住人のいたずらで窓ガラスが割られたせいか、居酒屋は特別許可がなければ入れない状態になっていた。行き場を失った三人は、何となく歩き回った末に新聞販売店に足を踏み入れる。
ブリチェスターへ帰るバスは朝しか出ていないと知り、近道を教えてもらうことに。だが店主は奇妙な警告を残した—「この道しか通ってはならない。道行く人に声をかけてはならない」。
助言に従って歩き始めた三人だったが、やがて道に迷ってしまう。そして不意に聞こえてきた奇妙な音—地面を掘るような大きな音。尾根に登って見渡すと、一軒の小屋が目に入った。
音の正体を確かめようと近づき、ノックしても返事がないため中に足を踏み入れる。不思議なことに、埃の積もった床には足跡がなく、人の気配はなかった。本棚には魔導書が並び、日記の最終日付は1930年12月8日。誰もいないはずの寝室にも埃が積もり、足跡はなかった。
さらに奥の部屋には大きなスクリーンと不思議な装置があり、触れると不協和音が響き渡る異様な空間が広がっていた。
改めて日記を読むと、この小屋の持ち主はブリチェスター大学教授のアーノルド・ハードという人物だと判明する。
三十年近く前から時が止まったままの小屋と、忽然と姿を消した教授—二つの謎が「私」たち大学生を取り囲み始める。