【概要】
本作は25,600語の中編小説で、1934年11月10日から1935年2月22日にかけて執筆された。初出は1936年アスタウンディング・ストーリーズの6月号である。単行本初収録はOで、DHに再録されてた。校訂された詳註版は、2001年にHippocampus Pressで刊行され、また同版はDWHにも収録されている。
物語の基本的なシナリオである意識の交換には、1928年に執筆されたH・B・ドレイクの 『The Shadowy Thing』とアンリ・ベローの小説『Lazarus』、1933年の映画 『Berkeley Square』と、少なくとも三つ、影響を与えた作品がある。中でも映画が与えた影響は大きく、この映画は男の意識が18世紀の先祖の肉体に入り込むというテーマである。しかし、ラヴクラフトは映画中に明かされなかった疑問を、自身の作品ではできるだけ解決しようという試みが現れていて、物語の中で、ピースリーは大いなる種族の存在を夢で知り、目が覚めた後は、その夢の情報とオーストラリアの探検家の手紙が一致したことで、彼は精神交換がされていたという可能性に気づくという展開がある。
他にもH・G・ウェルズの『タイムマシン』と、オラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』も本作の執筆にあたり影響を与えたと言われているが、ラヴクラフトはこれらの作品をまだ読む前に本作を完成させている。
ピースリーの記憶喪失モチーフには、ラヴクラフト自身が高校を中退し閉居生活を送った1908年から1913年という時期との自伝的なつながりがあり、ピースリーの異星人による体の支配と顔の筋肉の制御に関する描写は、HPLが当時経験していた顔面筋の不随意痙攣に基づいていると考えられる。
当初ラヴクラフトの思い描いていたプロットでは、現代に生きる人物が、過去の生きる人物と精神交換をされて、そのまま一生を過去の世界で過ごすというものだったが、このオチからは変更されて一時的な交換となった。
【収録】
【登場人物】
- ナサニエル・ウィンゲート・ピースリー…1871年生まれ、ミカトニック大学政治経済の講師
- ジョナサン・ピースリーとハンナ・ピースリー(旧姓はウィンゲート)…両親
- ウィンゲート・ピースリー…息子 次男
- アリス・キーザー…妻
- ロバート、ハンナ…長男、長女
- ロバート・B・F・マッケンジー…ナサニエルのいた地域を特定した人
- イスの偉大なる種族
- 浮遊するポリプ
【舞台】
- 1908〜1935年 アーカム
【あらすじ】
ミスカトニック大学の経済学教授、ナサニエル・ピースリー。円満な家庭と充実した仕事、何一つ不自由のない日々を送っていた彼の人生が、1908年のある日、突如として一変する。
講義中、突然意識を失い倒れたピースリー。目覚めた彼の様子は、周囲の誰もが違和感を覚えるほど奇妙なものだった。まるで自身の体を初めて動かすかのように、ぎこちなく、おそるおそる手足を動かす。そして、その話し方も、かつての彼のものとは明らかに異なっていた。
記憶は失われていたものの、その知性は驚くべき高みに達していた。まるで別人のようになったピースリーの日常は、周囲の人々を困惑させ、不安に陥れていく。
そんな中、ピースリーは奇妙な夢を見ていた。見知らぬ場所、見知らぬ肉体。そこで彼は、ただひたすら記録を取り続ける日々を送る。やがて彼は、自分の置かれた状況が「大いなる種族」と呼ばれる存在による精神交換の結果だと知る。さらに、彼らが地球に古代のコロニーを築いていたという驚くべき事実も明らかになっていく。
現実世界に戻ったピースリー。しかし、そこで彼を待っていたのは、5年もの月日が経過しているという衝撃的な事実だった。その5年間の記憶は、まるで霧の中に消えたかのように、完全に失われていた。
時空を超えた精神交換、古代の地球に存在した未知の文明。ピースリーの体験は、人類の認識を根底から覆す、途方もない真実を示唆していた。彼の失われた5年間の謎と、「大いなる種族」の正体。その真相に迫るピースリーの探求が、今始まろうとしていた。