本作は1940年、WTの11月号に掲載された。
『インスマスを覆う影』から10年後が舞台となり、『潜伏するもの』に登場したロイガーが再登場する。
- デイヴィット
- エルドン…従兄弟
- アサ・サンドウィン…エルドンの父
- ロイガー
【舞台】
- 1938年インスマス
デイヴィットたちが気づかぬうちに、サンドウィン館の恐怖は既に始まっていた。「海辺のサンドウィン」と呼ばれるこの館は、インスマスの道沿いに堂々と佇み、ボストン市民にとっては息抜きのできる安らぎの場所として長年親しまれてきた。
しかし、その穏やかな印象が一変したのは、デイヴィットが大人になったある日のことだった。突如、従兄弟のエルドンから「梟が鳴いている」との暗号めいた連絡が入った。緊急だというのに、彼は詳細を明かさない。デイヴィットは子供の頃に交わした約束を思い出した—「梟が鳴いている」とは、助けを求めるサインだった。
不安に駆られながら、サンドウィン館へと急いだ。この館でエルドンは父親と召使いの三人で静かに暮らしていたはずだった。館に踏み入るや否や、エルドンは「父を騒がせないで」と声を潜めて警告した。
エルドンが打ち明けた相談は、彼の父親に関するものだった。この家系は特に目立った仕事をしているわけでもないのに、不思議と金銭的に困ることはなかった。十年前、父親が旅に出ると言い残して帰宅した時から、彼らの財産は謎めいて増え始めたのだ。
そして今回も同じことが起きていた。十年ぶりの「旅」を終えた父親は、出発も帰宅も誰にも目撃されず、いつの間にか財産を増やして戻ってきたのだ。盗みではないかと疑ったエルドンが新聞を調べても、そのような犯罪の報道はなかった。
やがて館内には正体不明の足音と、空からとも地中からともつかない奇妙な音楽が響くようになった。さらに恐ろしいことに、父親の外見が日に日に変貌していった—人間離れした特徴を帯び、どことなくカエルのような様相を呈していたのだ。
エルドンに促され、デイヴィットは父親と対面した。その姿は幼い頃に覚えていた温厚な男性の面影はなく、ぞっとするほど変わり果てていた。皮膚は異常に湿り気を帯び、瞳は飛び出し、口は異様に広がっていた。しかしそれでもデイヴィットのことは暖かく迎え入れてくれた。
デイヴィットたちは無言のまま時を過ごした。その沈黙の中で、確かに風の音や、人間の言葉とも思える鳥の声が館内に漂っていた。部屋に戻る際、エルドンは震える声で告げた—「あの鳥の声が父に話しかけているんだ」と。この声が聞こえるようになったのは、わずか一ヶ月前からだという。
部屋に入ると、確かにドアノブは湿り気を帯び、魚を思わせる異臭が漂っていた。その夜、私は奇妙な夢を見た。チベットの高原のような場所に立ち、恐ろしい音楽が古代の建物から鳴り響いていた。辺りには人間とも思えぬ奇怪な生き物や、中国人のような姿の者たちがうごめき、そして父親に話しかけていたあの謎の声が聞こえた。体が宙に浮かぶ感覚の中で、デイヴィットはこの場所がイースター島だと悟った。
朝、エルドンの部屋に行くと、彼は寝言で「ロイガー」「イタカ」「クトゥルー」と口にしていた。驚くべきことに、エルドンも同じ夢を見ていたのだ。
恐る恐る父親の部屋に向かうと、中から別の人物との会話が聞こえてきた。父親はその見えない相手に言っていた—「クトゥルフがわしを連れて行くことはできない。道を閉ざしたからな」と。そして「イタカも退けることができる」とも。
デイヴィットたちは知らずにいた。サンドウィン館に棲みついたのは、単なる幻影ではなく、人智を超えた古の存在だということを―。