本作は1980年、単行本として刊行された。
後の1983年には『真ク・リトル・リトル神話大系』の一部として翻訳出版された。その後、1993年に短編集に収録され、2000年には文藝春秋から『ナイトメアズ&ドリームスケープス2 ヘッド・ダウン』として邦訳版が刊行された。
この作品は、作者夫妻の実体験がきっかけとなって生まれた。彼らがクラウチ・エンド在住の友人作家ピーター・ストラウブの家を訪ねた際に道に迷った経験が、創作の発端となっている。
本作は実写ドラマ化もされ、『スティーヴン・キング 8つの悪夢』の第2話として映像化されている。
文芸評論家の東雅夫は、本作を「モダン・ホラーの大家キングが、独自のスタイルで神話大系に挑戦した意欲作」と評価し、「異界との境界にある街の不気味な雰囲気が、部外者の視点から巧みに描かれている」と解説している。
キングはラヴクラフトからの影響を度々認めているが、明確なクトゥルフ神話作品を書くことは稀であった。そのため、本作は彼がクトゥルフ神話を最も意識して書いた作品の一つと考えられている。
- ドリス・フリーマン…妻の方
- レナード・フリーマン(ロニー)…夫
- ジョン・スクエイルズ…ロニーの知り合い
- タクシー運転手
- 兄妹…手が奇形の兄妹
- 老夫婦
- テッド・ヴェター巡査
- ロバート・ファーナム巡査
- シド・レイモンド巡査
- ダニーとノーマ…子供
【舞台】
- イギリス ロンドン クラウチ・エンド
ロンドン郊外のクラウチ・エンド。静かな夜の派出所でヴェター巡査とファーナム巡査が交わす会話は、現実の皮が薄くなる場所についての不穏な真実を明かしていく。
新任のファーナム巡査は、先ほど派出所を訪れたアメリカ人女性の取り乱した証言を「狂言」と切り捨てようとしていた。しかし長年この地区を担当してきたヴェター巡査は、彼の無知な判断に冷ややかな微笑を浮かべるだけだった。
「この派出所のゴートンは40代で白髪になり、ペティは自ら命を絶った。そしてそれには理由がある」
ヴェターは奥の書棚から特別なファイルを取り出すようファーナムに指示した。通常の事件報告とは一線を画す奇妙な記録の数々。そして彼は若い同僚に語りかける。
「世界をひとつのボールだと考えてみろ。どこもかしこも均一な厚さではない。皮の薄くなっている部分があるんだ—それがクラウチ・エンドだ」
ファーナムはアメリカ人女性のファイルを開いた。午後10時15分、濡れた髪と恐怖で見開かれた目を持つ女性が震える声で告げた最初の言葉。
「ロニーを探してちょうだい」
ドリス・フリーマン。旅行でロンドンを訪れていたフリーマン夫婦は、ロニーの文通相手のジョン・スクエイルズに会うため、クラウチ・エンドを訪れようとしていた。午後3時に出発するが、タクシーが全くつかまらなかった。クラウチ・エンドに行きたいと伝えると断られるのだ。
ようやく見つかった親切な運転手は電話ボックスまで案内することを提案し、彼らはクラウチ・エンドへと向かった。ドリスの記憶は鮮明だった。新聞販売店を過ぎたあたりから、景色の様子が変わり始めたという。
「看板に『地底の惨劇 60名遭難』と書かれていたわ」
地下鉄事故であれば「死亡」や「衝突」と表現するはずなのに、なぜ「遭難」という言葉が使われていたのか。不安は増すばかりだった。
町並みはいたって平和だった。
電話ボックスを見つけ、ロニーが住所を調べに降りた。ドリスも後に続くが、ロニーが電話ボックスから出ると、彼らが乗ってきたタクシーは忽然と姿を消していた。
これが午後6時頃の出来事だった。
「タクシーがお金も受け取らずに去るなんておかしいわ」
ブラス・エンドに友人が住んでいるというロニーの言葉に、二人は歩き始めた。そして、その後に起きた出来事が、ドリスをひとり、取り乱した状態で派出所へと導いたのだ。
ヴェター巡査は静かに言った。「彼女の話が嘘なら、順風満帆な人生を送っているのに、どうしてそんな嘘をつく必要があるだろう?」
クラウチ・エンド—この世界と別の何かとの境界が薄くなる場所。そこでロニーに何が起きたのか、そして彼はどこへ消えたのか。答えはまだ見つかっていない。