本作は1933年、WTの7月号に収録された。
クラーク・アシュトン・スミスが創造した『エイボンの書』が初登場する作品。『土星の扉』で登場した、魔術師エイボンの知識が記された書物となっている。
- ポール・トリガーディス
- ゾン・メザマレック
【舞台】
- 1933年 ロンドン
オークランドの古い街角に佇む骨董品店に、ポール・トリガーディスは衝動的に足を踏み入れた。埃と時の香りが漂う薄暗い店内で、彼の目に奇妙な輝きを放つ乳白色の水晶が飛び込んできた。
じっと見つめると、水晶の内側が明るくなったり暗くなったりと、生命を宿したかのように脈動していた。好奇心に駆られたポールは店主に尋ねた。
「これは何ですか?」
店主は不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「太古の時代、グリーンランドの地層から発掘されたものだよ。魔法の水晶でね、見つめていると…不思議なものが見えてくるかもしれない」
その言葉の中で、ポールの心を捉えたのは「エイボンの書」という単語だった。ネクロノミコンと並び称される禁書——禁断の知識が記された伝説の書物。ポールはエイボンの書にゾン・メザマレックという魔術師が水晶に触れる記述があることを思い出していた。
ポールは、その水晶を購入して帰宅した。自宅の書斎で、彼が所有するエイボンの書の写本を取り出し、該当箇所を探した。そこには「ウボ=サスラ」という存在についての記述があった。
ランプの灯りの下、ポールは水晶を見つめ始めた。最初は何も起こらなかったが、やがて奇妙な感覚が彼を包み込み始めた。自分の意識が溶け出し、別の人物——ゾン・メザマレックの視点を通して世界を見るようになったのだ。
古代の魔術師ゾンは、この水晶を通して神々の知恵を復活させることを夢見ていた。その野望と記憶が時間を超えてポールの中に流れ込み、彼の意識は過去へと引き込まれていった。
時間が逆流する感覚の中で、ポールは恐怖に駆られ、とっさに身を引いた。現実に戻った彼の額には冷や汗が浮かべていた。
水晶は単なる物体ではない、その記憶はポールの中に流れ込み始めていた——古代の魔術師が見た世界と、彼が呼び覚まそうとしていた存在の記憶が。