本作は1980年に刊行された。
ラヴクラフトの未完作品である『いにしえの書』を仕上げたこの物語が、同アンソロジーに含まれた理由は、編者キャンベルがラヴクラフトとダーレス両者への敬意を、特に表したかったからではないかと推測される。
- わたし
- ナイアルラトホテップ
- 無形の生物
川のほとりに佇む古い建物で、私は運命の分岐点に立っていた。本が山積みになった薄暗い店内で、ひときわ目を引く一冊の古文書を見つけたのだ。その瞬間から、私の記憶は断片的になり始めた。今となっては、あの時の出来事を正確に思い出すことさえ困難だ。
古文書には複雑な術式が記されていた。店主は私が本を手に取った瞬間、意味深な微笑みを浮かべ、「それはあなたのものだ」と言わんばかりに料金すら受け取らなかった。今思えば、あれは警告だったのかもしれない。
自宅の屋根裏部屋に閉じこもり、私は夢中で古文書を解読し始めた。家族がいたような記憶はあるが、彼らの顔すら思い出せない。読み進めるうち、窓をひっかく不穏な音が聞こえるようになった。気がつけば、私は無意識のうちに何かを召喚していたのだ。
翌朝、屋根裏部屋は別の場所のように見えた。壁の模様が歪み、時計の針は逆回転し始めた。私の視点は狂い始め、過去と未来が混ざり合うような違和感に包まれた。それでも、好奇心に駆られた私は研究を続けた。
ある夜、床に五重の円を描き、その中心に立った瞬間、現実が溶解した。無限に広がる星空と、地上では決して見ることのできない不思議な風景が目の前に広がった。恐怖に震える私は、意識が途切れるとともに屋根裏部屋に戻っていた。
それからというもの、私は用心深く日々を過ごした。しかし、ある日、小さな偶像の前で、無形の存在が踊る光景を目撃した。もはや逃れられないと悟った私は、古文書をさらに精読した。
そこには「ナイアルラトホテップ」という名と、「何者も弄んではならない」という警告が記されていた。しかし時すでに遅く、私の精神は変容を遂げ、時間を自由に操る力を得ていた。傲慢さに目がくらんだ私は、古文書に記された「旧支配者の館」を目指すことを決意した。
今、私は時の狭間に立っている。この記録が残せるなら残したかった。私のような者が現れないことを願って。