【読了ガイド】『ラヴクラフト全集7』│収録作品・購入方法まで紹介
はじめに
本書は、H.P.ラヴクラフト作品のみを収録した全集の最終第7巻である。
収録作品は「サルナスの滅亡」、「イラノンの探求」、「木」、「北極星」、「月の湿原」、「緑の草原」、「眠りの神」、「あの男」、「忌み嫌われる家」、「霊廟」、「ファラオとともに幽閉されて」、「恐ろしい老人」、「霧の高みの不思議な家」、「初期作品」、「夢書簡」、「資料:断片」の16編となっている。
全体的に短めの短編集で、完結巻として既刊からこぼれたものを拾い集めた構成となっている。夢の国の物語やホラーの習作的作品、ダンセイニ風の作品も含まれ、「夢書簡」や初期作品など、ラヴクラフトファン向けの資料的価値の高い内容が収録されている。
収録作品リスト
- 「サルナスの滅亡」
- 1万年前のムナールの地で、広大な湖畔の石造都市イブには緑色の肌を持ち、膨れた目と分厚い唇、奇妙な耳を持つ無言の生物たちが住んでいた。
やがて黒髪の羊飼いたちが到来し、新たな都市サルナスを築く。
羊飼いたちはイブの奇妙な生物を嫌悪し、ついに都市ごとイブを滅ぼす。
残されたのは水の蜥蜴ボクラグを象った緑色の石像のみだった。
イブ陥落後、サルナスは繁栄を続け毎年陥落を祝う祭りを開催していた。
1000年目の盛大な祝祭で明かされる驚くべき事実とは。異なる文明の衝突と勝者が描く歴史の残酷さを描いた物語。
- 1万年前のムナールの地で、広大な湖畔の石造都市イブには緑色の肌を持ち、膨れた目と分厚い唇、奇妙な耳を持つ無言の生物たちが住んでいた。
- 「イラノンの探求」
- 遥か彼方の故郷アイラを求めて旅を続ける若き歌うたいイラノン。
自らをアイラの王子と称する彼は、美を忘れた冷たい御影石の都テロスで靴直しとして生きることを強いられる。そこで美と歌に満ちた遠い土地を夢見る少年ロムノドと出会う。
二人はリュートと舞踏の都オオナイへ向かう。
そこはアイラではなかったが、イラノンの歌と竪琴の才は称賛を浴び、ロムノドは酒の誘惑に溺れていく。
時は流れるがイラノンの姿は少しも衰えず、アイラへの夢は色褪せない。
理想の地を求める魂の旅路で、永遠の若さを持つイラノンの正体と真のアイラとは。
- 遥か彼方の故郷アイラを求めて旅を続ける若き歌うたいイラノン。
- 「木」
- シュラークーサエの僭主が二人の卓越した彫刻家、カロースとムーシデスにテュケー像の競作を命じる。
親友同士でありながら、ムーシデスは都会の喧騒と歓楽に身を委ね、カロースは森の静寂の中で孤独な夢想に耽るという対照的な生き方をしていた。
制作が始まると、カロースの身に異変が起きる。
徐々に健康が蝕まれ、ムーシデスの献身的な看病も空しくカロースは息を引き取る。
競争相手を失ったムーシデスに勝利がもたらされたはずだった。
しかし芸術の真髄とは何か。勝利の果てに待っていたものとは。友情と芸術を巡る深遠な物語。
- シュラークーサエの僭主が二人の卓越した彫刻家、カロースとムーシデスにテュケー像の競作を命じる。
- 「北極星」
- 神話と現実が交錯する幻想の国ロマール。
首都オラトーエに黄色の悪鬼イヌート族の影が忍び寄る中、語り手はまず精神体としてこの世界を俯瞰し、やがて肉体を得てロマール人の一人となる。虚弱な体質ゆえ前線での戦いは叶わないが、タプネンの物見の塔で敵の襲来を見張る役目を担う。
天頂から見下ろす北極星ポラリスの瞬きが不思議な呪文となり、語り手を深い眠りへと誘う。
目覚めることのできない夢か、それとも現実よりも真実に近い世界か。
夢と現実の境界線を曖昧にし、人間の意識の本質に迫る物語。
- 神話と現実が交錯する幻想の国ロマール。
- 「月の湿原」
- アイルランドのキルデリイに戻ったアメリカ人デニス・バリイは、先祖伝来の地にある泥沼を干拓しようとする。
土地の農夫たちは沼に宿る諸霊の怒りを恐れて作業を拒否するが、バリイは他所から作業員を集めて干拓を強行する。
しかし作業員たちを奇妙な夢が襲い始める。
ある夜、バリイの友人である語り手は遠くから不気味な笛の音を聞き、作業員たちの奇怪な舞踏を目にする。
彼らを導くのは沼から現れた蒼白のナーイアスのような幽玄な存在だった。夜が明けると作業員たちは何も覚えていない。
バリイの野望と土地に眠る古の力が激突する運命の夜が訪れる。
- アイルランドのキルデリイに戻ったアメリカ人デニス・バリイは、先祖伝来の地にある泥沼を干拓しようとする。
- 「緑の草原」
- メイン州沿岸の海に落ちた隕石の中から、地球外の素材で作られた手帳が発見される。そこには純粋な古典ギリシャ語で物語が綴られていた。
主人公は潮流に揉まれる半島で目覚めるが、自身の素性や到着した経緯は定かではない。やがて半島は陸地から切り離され小島となって漂流を始め、波が容赦なく島を侵食していく。
遠くに広がる緑の草原に向かって島は少しずつ近づいていく。
耳に届く奇怪な歌声は距離を縮めるごとにその正体を現し、ついに歌の源が見えた瞬間、主人公を衝撃の啓示が襲う。
地球外の存在が残した手記が明かす想像を絶する現実とは。
- メイン州沿岸の海に落ちた隕石の中から、地球外の素材で作られた手帳が発見される。そこには純粋な古典ギリシャ語で物語が綴られていた。
- 「眠りの神」
- 鉄道駅で偶然出会った彫刻家の語り手と、古代ギリシアのファウヌス像のような端正な顔立ちの謎の男性。二人は唯一無二の友となり、物質や時空を超越した夢の中でしか垣間見ることのできない広大な宇宙の「研究」に没頭する。
薬物によって増幅された夢のヴィジョンは想像を絶する興奮をもたらすが、ある日突然、友は凄まじい恐怖に直面する。
もはや眠ることすら恐れ、覚醒し続けようともがく姿は痛ましくも不気味だった。
ケント州の古い荘園から若者たちの集う賑やかな場所へ生活は一変するが、友の恐怖は消えない。人知を超えた領域への探求がもたらす代償とは。
- 鉄道駅で偶然出会った彫刻家の語り手と、古代ギリシアのファウヌス像のような端正な顔立ちの謎の男性。二人は唯一無二の友となり、物質や時空を超越した夢の中でしか垣間見ることのできない広大な宇宙の「研究」に没頭する。
- 「あの男」
- ニューヨークに文学的閃きを求めて訪れた語り手を待ち受けていたのは、予想外の恐怖と圧迫感だった。
かつての輝きを失い奇妙な生物がはびこる街で、わずかに残る古色を求めてグリニッチ・ヴィレッジへ向かう。
8月早朝午前2時、古めかしい装いの男との出会いが語り手の運命を変える。
蔦に覆われた荘園の館で、男は魔術に通じた先祖の記録と先住民から奪った禁断の知識について語る。
カーテンの向こうに18世紀のグリニッチの風景が魔法によって現出する。
「さらに遠くまで行けるのか」という語り手の問いに応え、男が再びカーテンを開く時、時空を超えた旅が始まる。
- ニューヨークに文学的閃きを求めて訪れた語り手を待ち受けていたのは、予想外の恐怖と圧迫感だった。
- 「忌み嫌われる家」
- ベネフィット・ストリートに佇む不吉な家。幽霊屋敷ではないが、住人たちを蝕む奇妙な病が世代を超えて語り継がれていた。
語り手は少年時代からこの家に魅了され、大人になって伯父エラヒュー・ウィップルの研究を通じて家の秘密に迫る。
系譜学的記録から、生気を吸い取る名状しがたき存在と、土間に蠢く不気味な何かの存在が明らかになる。
1763年以降の歴史、死の間際に喋り出す粗野なフランス語、1686年にフランスから来た邪悪な男エティエンヌ・ルレ、さらにライカントロピーで告発されたジャック・ルレとの関係も浮上する。
語り手と伯父は恐怖の正体を暴こうとするが。
- ベネフィット・ストリートに佇む不吉な家。幽霊屋敷ではないが、住人たちを蝕む奇妙な病が世代を超えて語り継がれていた。
- 「霊廟」
- 孤独な少年ジャーヴァス・ダドリイは、近隣の木々に囲まれた窪地でハイド家の霊廟を発見する。
稲妻に打たれ全焼した邸宅の悲劇を秘めたその場所に、10歳のダドリイは不思議な魅力を感じ取る。半開きの扉と重たい鎖に少年の好奇心は惹かれていく。
時が経つにつれ、ダドリイに奇妙な変化が現れる。本にも記されていない古の知識、夜に聞こえる不気味な声。
屋根裏で見つけた鍵で禁断の扉を開くと、彼の性格は一変する。ジョージ王朝時代の酒盛り歌を歌い、雷雨への異常な恐怖を示す。
霊廟の中で少年を待ち受けていたものと多重の人格の正体とは。
- 孤独な少年ジャーヴァス・ダドリイは、近隣の木々に囲まれた窪地でハイド家の霊廟を発見する。
- 「ファラオとともに幽閉されて」
- 縄抜けの名人ハリー・フーディーニは、エジプトの大ピラミッドでの奇妙なボクシング試合の後、アブドゥル・レイス・エル・ドログマンらに捕らえられる。
スフィンクス神殿の奈落に投げ込まれた彼は、スフィンクスの真の姿を探求しながら脱出を図る。
地下洞窟にはエッフェル塔を凌ぐ巨大石柱が立ち並び、おぞましい合成生物が蠢いていた。
古代エジプト人の死生観「カー」と神官が作った「合成ミイラ」の伝説に思いを巡らすフーディーニ。
やがて彼の前に現れる存在が、スフィンクスの想像を絶する真実を明かす。
- 縄抜けの名人ハリー・フーディーニは、エジプトの大ピラミッドでの奇妙なボクシング試合の後、アブドゥル・レイス・エル・ドログマンらに捕らえられる。
- 「恐ろしい老人」
- ニューイングランドの町キングスポートに住む「恐ろしい老人」の財宝を狙い、三人の泥棒アンジェロ・リッチ、ジョー・チャネク、マヌエル・シルヴァが強盗を計画する。
元船長の老人が隠し持つスペインの古い金貨と銀貨が目当てだった。
老人には小瓶に吊るされた鉛の玉に語りかけるという奇怪な習慣を持っていた。
計画実行の夜、リッチとシルヴァが老人の家に忍び込むが、そこで彼らを待ち受けていたのは想像を絶する光景だった。
泥棒たちが直面する予期せぬ結末とは何か。
- ニューイングランドの町キングスポートに住む「恐ろしい老人」の財宝を狙い、三人の泥棒アンジェロ・リッチ、ジョー・チャネク、マヌエル・シルヴァが強盗を計画する。
- 「霧の高みの不思議な家」
- キングスポート北方の岩山頂上に佇む謎めいた古家。町の人々も近づかないその地に、哲学者トマス・オウルニイが挑む。
常ならぬものを求める学者である彼の好奇心は、人知れず暮らす家の主へと向けられた。険しい崖を這い上がり到達した先で待っていたのは、扉なき家の壁面だった。
十七世紀様式の二つの窓のみが内なる世界を覗かせ、扉は絶壁の向こう側にある。
窓に浮かぶ黒髭の顔が柔らかな声で誘う時、オウルニイが踏み込もうとする扉の向こうには、いかなる真実が潜んでいるのか。
- キングスポート北方の岩山頂上に佇む謎めいた古家。町の人々も近づかないその地に、哲学者トマス・オウルニイが挑む。
- 「初期作品」
- 「夢書簡」
- 「資料:断片」
文庫版仕様の詳細
出版社:東京創元社
発売日:2005/1/22
ページ数:384ページ
価格:紙版:770円/電子版:596円
購入ガイド
- Amazon:「ラヴクラフト全集 7 | H・P・ラヴクラフト, 大瀧 啓裕 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon」
- ebookjapan:「ラヴクラフト全集 (7) (創元推理文庫) – 著:H・P・ラヴクラフト 訳:大瀧啓裕 – 無料漫画・試し読み!電子書籍通販 ebookjapan」
読者レビューまとめ
良い点
- 1989年の6巻で中断していた全集が30年を経て完結した意義は大きい
- 「夢書簡」は小説の原型となった夢の内容を書き起こした手紙で、夢の描写が緻密で面白い
- 夢の国の物語とホラーを繋ぐような作品が収録されており、それなりに楽しめる
- ラヴクラフトの着想が夢から得られたことがよくわかる貴重な資料集
- 大瀧氏の翻訳は物語のおどろおどろしさ、うねくるようなリズムを表現できている
- 巻末の雑誌掲載情報などの写真資料は読者にとって有益な情報
- 未完作品「断片」なども興味深く、特に『Azathoth』は印象的
- これでラヴクラフトの全小説が翻訳されたことを素直に喜べる
気になった点
- 既刊からこぼれたものを拾い集めて編集した感があり、小粒な作品が多い
- 最もおもしろい作品が1、2巻に凝縮されており、この巻は残りものの配分という印象
- 一種の資料集的なB面集的存在で、収録作品がたいしておもしろくない
- 魅力的な作品が少なく、これまでの巻の「おまけ」程度の内容
こんな人におすすめ!
- ラヴクラフト全集を完走したいコレクター
- 「夢書簡」や初期作品などファンが読みたがる資料に興味がある人
- ラヴクラフトの創作過程や着想の源泉を知りたい人
- 夢の国の物語群に特に愛着がある読者
- ダンセイニとラヴクラフトの比較に興味がある人
- 翻訳の完成度や文体の味わいを重視する人
- 全作品を通してラヴクラフトの独自の地平の広さを確認したい人
まとめ
本書は、30年の時を経て完結したラヴクラフト全集の記念すべき最終巻である。
収録作品の質よりも資料的価値と完結の意義に重きを置いた構成により、ラヴクラフトという作家の全体像と創作の源泉を知る上で重要な位置を占める一冊となっている。




