【ネタバレ注意】実はエモい!クトゥルフ神話の泣ける原作小説5選
前置き
小説を読んでいて、ふと「この悲劇、誰のせいでもないのに…」と胸が締め付けられたことはありませんか?
クトゥルフ神話の原作小説には、邪神や怪物が登場する恐怖だけでなく、人間の愛と葛藤を描いた、心に残る物語があるんです。
愛する者を守るために、その手で殺さなければならない—— 生きるために、恩人を裏切らなければならない——
そんな「誰も悪くない選択」が、読者の心を深く揺さぶります。
この記事では、「実はエモい」クトゥルフ神話の原作小説5選をご紹介します。
これらの作品を知ることで:
- クトゥルフ神話の新しい一面を発見できる
- 「恐怖」を超えた人間ドラマの深さを味わえる
- 「もし自分なら?」と考えさせられる普遍的なテーマに出会える
今回取り上げる5作品は、それぞれ異なる「愛の形」を描いています:
- 「緑の深淵の落とし子」:夫婦愛と人間の尊厳
- 「戸口にあらわれたもの」:友情と信頼の物語
- 「最後のテスト」:兄妹愛と贖罪
- 「盗まれた眼」:兄弟愛と絶望
- 「シャンブロウ」:種族を超えた葛藤
各作品について、以下の項目で詳しく紹介していきます:
- 基本情報:作品概要とあらすじ
- どこがエモい?:泣けるポイント
- 何が起きたのか?:事件の真相
- 主人公が背負ったもの:決断の重さ
- 印象に残るシーン・台詞:心に残る場面
- こんな人におすすめ:作品の傾向
当サイトで紹介する考察は、あくまで一つの解釈です。読んだ後に「自分ならどうするか?」を考えるきっかけになれば嬉しいです。
それでは、クトゥルフ神話の中に隠れた「エモい物語」たちをご紹介していきます!
本編
1.「緑の深淵の落とし子」

基本情報
- 作者名:カール・ホール・トンプソン
- 執筆年/日本での出版情報:1946年/「クトゥルー13」・「真ク・リトル・リトル神話体系4」
- 読了時間の目安:1時間程度
- 作風:人間ドラマ・ラブストーリー
あらすじ(ネタバレなし)
死刑判決の日、法廷に立つジェームズ・アークライト医師。妻と胎児の命を奪った罪で、彼は死を宣告されます。奇妙なことに、ジェームズはその判決を望んでいました。もし裁判前に彼の手記が発見されていれば、精神異常者として病院送りになっていたでしょう。しかし彼は狂っていませんでした。
その手記には、ラザルス・ヒースという男の怪死に関する記述や、犯行現場に続く階段の上の悪臭、海水のような跡の痕跡について綴られていました。
時は遡ります。脳神経外科医として激務に追われていたジェームズは、指の震えを抑えるため完璧な休暇を求めてケールスマスという小さな町を訪れます。人口わずか50人ほどの閉鎖的な共同体で、よそ者に厳しい町でしたが、その静けさこそ彼が求めていたものでした。
町で同業のエブ・リンダー医師と親しくなったジェームズは、ある日、他の家々とは異質な雰囲気を持つ館を発見します。その館について尋ねると、エブもその場にいたアンブラーも「知らないほうがいい」と口を閉ざします。
しかし、町のはみ出し者ソリー・ジョーは事情を話してくれました。その館に住むラザルス・ヒースは元船乗りで、強烈な臭いを放ち、彼の娘カッサンドラも人との交流を一切持たないといいます。20年前、ラザルスの船は沈没。二年後、彼は島で発見されましたが、その時すでに謎の娘を抱いていました。妻は船と共に沈んだと言いますが、不思議なことに乗客リストには妻の名前はありませんでした。
ジョーの警告を無視した代償は大きいものでした。ある日、ジェームズの前に突如現れたカッサンドラ。この出会いが、彼の人生を取り返しのつかない闇へと引きずり込んでいきます。
こんな人におすすめ!
#切ない恋愛ものが好き #人魚姫のような悲恋 #夫婦愛 #人間の尊厳を考えたい #クトゥルフ神話版ロミジュリ

読みどころ・魅力
【どこがエモい?】
物語は衝撃的な冒頭から始まります。妊娠している妻を殺害し、死刑判決を受けた主人公・アークライト医師。しかし彼は「死刑を望んでいた」——この違和感が、物語の核心です。
読者は最初、殺人者であるアークライトに対してマイナスの印象を抱くでしょう。
しかし回想が始まると、印象は一変します。
アークライトがカッサンドラと出会った時、町の人々は彼女に近づかないよう忠告しました。それでも彼は偏見を持たず、誠実にカッサンドラと向き合ったのです。
カッサンドラは父親思いの娘でした。しかし父親の体には異変が——鱗、エラ…明らかに人間ではない特徴が現れていたのです。普通の医師には診てもらえない。そう悟ったカッサンドラは、すがる思いでアークライトを頼りました。
この時点で、読者の中の二人の評価は完全に変わります。これはもう、ホラーではなく純粋なラブストーリーなんです!
アークライトは父を診察し、カッサンドラとの関係も深めていきます。そして——真実を知ることになります。
カッサンドラの父は、地図にない島で救助されました。その時、赤ん坊のカッサンドラを抱いていたのです。母親が誰なのか、父は語りませんでした。しかし真実は——母はゾス・サイラという邪神だったのです!
カッサンドラは今はまだ人間です。しかし時が経つにつれ、彼女の中で「本来いるべき場所」への意識が強くなっていきます。
それでもカッサンドラは、人間として生きようと必死でした。アークライトと幸せになりたい——その想いだけで、邪神の血に抗い続けたのです。
そして最後、彼女は「人間として死にたい」と願いました。
これはまさに、クトゥルフ神話版『人魚姫』です!
異なる世界に生まれながら、愛する人のそばで人間として生きたいと願った少女。その願いが叶わないと悟った時、彼女が選んだのは——人間としての死でした。
【何が起きたのか?】
時は遡ります。
カッサンドラの父は、船で海を渡っている最中に難破しました。船員は全員死亡。しかし父だけは、地図にない島に流れ着いていたのです。
その島は、ゾス・サイラとヨス・カラという二体の邪神の住処でした。この邪神たちは、人間との間に子供を作っていました。
ゾス・サイラは雌性です。父はゾス・サイラとの間に子供をもうけ——それがカッサンドラでした。
しかしカッサンドラには、すでに決められた運命がありました。ヨス・カラの花嫁になることです!
作中では、カッサンドラの人間としての意識と、神話生物としての意識が混濁していく様子が描かれています。
この作品の最も切ない部分は、ゾス・サイラもヨス・カラも「子供思いの親」だという点です!
彼らに悪意はありません。深きものたちのように、人間社会を乗っ取ろうとしているわけでもありません。
ゾス・サイラは娘を迎えに来ただけ。ヨス・カラは花嫁を迎えに来ただけ。
ただそれだけなのです。
誰も悪くない。ただ、そういう生態の邪神だった——それだけの話でした。
【主人公が背負ったもの】
アークライトは、狂っていく妻を見放しませんでした。
ヨス・カラが家に侵入してきた時も、彼は逃げませんでした。妻を守るため、カッサンドラのもとへ駆けつけ、ヨス・カラに銃を撃って牽制したのです。
ここが、二人が本当に結ばれていたことを証明する場面ですっ。
アークライトがカッサンドラと部屋に逃げ込んだ時、ヨス・カラは扉を壊そうとしていました。
狂っていく妻。扉の先にいる邪神。
カッサンドラは神話生物の血を引いています。もしヨス・カラのもとへ行けば、幸せになれる可能性もあったかもしれません。少なくとも、人間には想像もつかない世界が待っていたでしょう。
自分と違う世界で幸せになる可能性に賭けるか。
それとも、妻の想いを優先して、人間として殺すか。
アークライトは、妻を想っているからこそ——「カッサンドラ」としての意識を優先したのでしょう!
【印象に残るシーン・台詞】
ヨス・カラが家に侵入してきた場面——これが、最も印象的なシーンです。
通常の人間なら、邪神を前にして太刀打ちできないと悟り、逃げ出すか発狂するでしょう。
実際、他のクトゥルフ神話作品で邪神と戦っているのは、ほぼ魔術師だけです。アークライトのような一般人は、基本的に無力なのです。
それでも彼は、逃げませんでした。
妻を守るため、銃を手に立ち向かったのです!
一般人が邪神に立ち向かう——これほど稀有なシーンは、クトゥルフ神話作品の中でもほとんど見ることができません。
そしてそれは、彼がどれほどカッサンドラを愛していたかの証明でもあります。






個人的にいっちばん大好きな作品です!
何度読んでも味がします。
もっと詳しく知りたい人はコチラ!
2.「戸口にあらわれたもの」


基本情報
- 作者名:ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
- 執筆年/日本での出版情報:1933年/「新訳クトゥルー神話コレクション5」・「ラヴクラフト全集3」
- 読了時間の目安:1時間程度
- 作風:人間ドラマ・兄弟愛
あらすじ(ネタバレなし)
アプトンはエドワード・ダービィを射殺しました。その裁判で、彼は幼なじみのエドワード・ダービィについて語り始めます。兄弟のような絆で結ばれた二人の関係は、誰もが羨むほど深いものでした。
しかし、運命の歯車は思わぬ方向へと回り始めます。ダービィがインスマス出身のアセナス・ウェイトと出会い、結婚したのです。一見、幸せな門出に見えたこの結婚が、やがて恐ろしい悪夢の始まりとなります。
結婚後、ダービィの様子が急変します。かつての面影は消え失せ、狂気に取り憑かれたかのような異常な行動を取り始めました。ある日、アプトンは驚くべき内容の電報を受け取ります。狂乱状態のダービィが、車の運転さえ忘れてしまったというのです。
一方、新婦アセナスは人目を避けるように家に引きこもり、彼女の姿を見かけることは、もはやなくなっていました。
アプトンは次第に、全ての謎の根源がアセナスの家系にあることに気付き始めます。インスマスという町、ウェイト家の血筋——そこには、人知を超えた何かが潜んでいるのではないか。
友人を救うため、そして真実を明らかにするため、アプトンは恐るべき謎に立ち向かいます。しかし、その探求は彼を想像を絶する恐怖の渦中へと引きずり込んでいきます——。
こんな人におすすめ!
#友情・兄弟愛が好き #裏切りと信頼のドラマ #伏線回収が気持ちいい #最後まで諦めない主人公 #入れ替わり系の話が好き






読みどころ・魅力
【どこがエモい?】
物語は、主人公ダニエルが「弟のような大親友」を射殺する場面から始まります。しかも、6発全てを撃ち込んでいました。
ここだけ見れば、二人の関係は険悪で、全弾撃ち込むのは恨みや怒りからだと思うでしょう。
しかし、真実は全く違ったのです。
本作で最も重要なのは、「弟のような大親友」という表現です。ダニエルとエドワードは血の繋がった兄弟ではありません。
8歳の年齢差がありながら、幼少期から共に過ごしてきた二人。大人になっても、その絆は変わりませんでした。
転機が訪れたのは、エドワードが38歳の時です。アセナスという女性と知り合い、結婚してから——エドワードの性格が一変しました。
大人しく引っ込み思案だった性格が、強気で車を乗り回すような性格に変わったのです。
それでもダニエルは、親友を見放しませんでした。
変わってしまった親友にも変わらず接し続け、エドワードからの電報にもすぐに駆けつけています。
やがて真実が明らかになります——アセナスは深きものでした。エドワードに近づいたのは愛ではなく、体を乗っ取るためだったのです。
エドワードとアセナスの体は入れ替わり、深きものの容姿になったエドワードは、外に出ることすらできずにいました。
物語が進み、エドワードはアセナスとその父エフレイムの陰謀を知ります。そして、これをダニエルに伝えようとしました。
ここが、最も泣ける場面です。
エドワードとダニエルには、二人だけの訪問時のノック方法があったのです。
呼び鈴を鳴らさず、そのノックをするエドワード。
目の前にいるのは異様な姿の生物——しかしダニエルは、それが真のエドワードだと気づきました。
そしてダニエルは、親友の仇を討つことを決意します。
【何が起きたのか?】
アセナスは初めから、エドワードの体を乗っ取るつもりでした。しかし真の黒幕は、父のエフレイムだったのです。
エフレイムはアセナスさえも騙していました——アセナスの体を乗っ取っていたのです。
やや複雑ですが、3人の体と魂の関係を整理すると以下のようになります:
【序盤】
- エドワードの体 ← アセナスの魂
- アセナスの体 ← エドワードの魂
- エフレイムの体 ← エフレイムの魂
【中盤】
- エドワードの体 ← エドワードの魂(一時的に戻る)
- アセナスの体 ← エフレイムの魂
- (エフレイムの体は放棄)
【終盤】
- エドワードの体 ← エフレイムの魂
- アセナスの体 ← エドワードの魂(そして死亡)
これは深きものだからこそできる芸当です。
エドワードは完全に巻き込まれた、ただの一般人でした。
何も悪いことをしていない。ただ、アセナスという女性を愛しただけ——それだけで、彼は全てを奪われたのです。
【主人公が背負ったもの】
ダニエルは最初、エドワードの突拍子もない話を受け入れられませんでした。
しかし、最後に姿を現した異形のエドワードを見た瞬間——彼はすべてを理解しました。
目の前にいる生物は、確かに真のエドワードだ。
そして、エドワードの体の中には、もうエドワードの魂はない。
エドワードの魂はアセナスの死体に移されており、ダニエルとの最後のやり取りの後に死亡しています。
もう、エドワードの仇を討てるのはダニエルしかいません。
ダニエルは選びました。
人を殺すという罪を背負うことよりも——実の弟のように慕っていた親友の仇を討つことを。
6発全てを撃ち込んだのは、憎しみではありません。
それは、親友への最後の愛だったのです。
【印象に残るシーン・台詞】
最も印象に残るのは、エドワードがダニエルの家を訪問する場面です。
序盤で描かれた幼少期のやり取りは、単に二人の関係を示すためだけだと思っていました。
しかし違ったのです——ノックの仕方こそが、伏線だったのです。
深きものという異形の姿になり、まともに声も発することができないエドワード。
彼が「自分が本物のエドワードだ」と証明する唯一の方法——それが、二人だけの秘密のノック方法でした。
呼び鈴ではなく、あのノック。
それだけで、ダニエルは全てを理解しました。
このシーンは、二人がどれほど深い絆で結ばれていたかの証明です。
姿が変わっても、声が出せなくても——
二人の間には、言葉を超えた信頼があったのです。
そしてダニエルは、その信頼に応えるために、引き金を引きました。






最初に読んだエモい作品です。それまではホラーしかないと思っていたので、ラヴクラフトはこういう作品も書くんだなと衝撃でした。
3.「シャンブロウ」
あらすじ(ネタバレなし)
荒々しい雰囲気を漂わせる密輸業者ノースウェスト・スミスは、火星の街で思わぬ光景に遭遇します。群衆に追い詰められた若い女性を目にした瞬間、彼の心に不思議な衝動が芽生えました。彼女を守らねばならない——その思いに駆られ、スミスは行動を起こします。
周囲の人々は彼女を「シャンブロウ」と呼んでいましたが、スミスにはその意味が全く分かりませんでした。「この女は俺が引き取る」とスミスが言うと、予想外にも群衆は静かに立ち去りました。しかし、彼らの目には憎しみではなく、軽蔑の色が浮かんでいました。この反応にスミスは戸惑いを覚えます。
女性を近くで見たスミスは、彼女が人並外れて魅力的でありながら、明らかに人間ではないことに気づきます。説明のつかない責任感から、スミスは彼女を自分の住まいに匿うことにしました。その一方で、彼はいつもの非合法な商売も続けていました。
時が経つにつれ、スミスは恐るべき事実に直面します。シャンブロウは髪の毛に似た奇妙な生き物を使って、他者の生命力を糧にしていたのです。さらに、彼女は犠牲者を強烈な快感で支配し、中毒状態に陥らせるという特殊な能力を持っていました。
シャンブロウの正体を知ったスミス。この危機的状況の中で彼は救われるのか——。
こんな人におすすめ!
#加害者も被害者な話 #誰も悪くない悲劇 #生きるための選択を考えたい #短編でサクッと読みたい #哲学的なテーマが好き






読みどころ・魅力
【どこがエモい?】
シャンブロウという種族は、人を食べるために火星では討伐の対象となっていました。
そんな中、主人公のスミスは事情を何も知らずに、追われているシャンブロウをかくまいます。
シャンブロウはスミスの家で保護され、食事を与えられても手をつけません。
この二人の関係は、「何も知らない無害な男性」と「優しさに触れて悩む少女」の物語です。
シャンブロウも生き物です。だから、お腹は空くのです。
最後の最後、シャンブロウはスミスを食べる選択をします。
これは「悪」なのか、これは生物としての本能です。
生きるために食べる——それは、どんな生物にも共通する行為です。
誰も悪くない。ただ、そういう生態の種族だっただけなのです。
【何が起きたのか?】
「シャンブロウ」は種族名です。彼女には、作中で固有の名前がありません。
それはおそらく、仲間の多くがすでに殺されており、生き残りが少ないからでしょう。あるいは、差別的な意味で種族名でしか呼ばれていないのかもしれません。
スミスは何も知らないからこそ、そこに疑問を持ちませんでした。
多くの人間に追われている少女——しかし彼女は、何かを盗んだわけでもありません。傍から見る限り、何も悪いことをしていないのです。
ただ、「シャンブロウである」というだけで、彼女は命を狙われていました。
スミスの家で匿われたシャンブロウは、食事を出されても食べませんでした。
それは、彼女が食べられるものが——人間だけだったからです。
シャンブロウは葛藤していました。
目の前にいるのは、自分を助けてくれた優しい男。でも、お腹は空いている。このまま何も食べなければ、自分が死んでしまう。
生きるために食べるのか。恩人を裏切らないために死ぬのか。
そして彼女は——生きることを選びました。
【主人公が背負ったもの】
スミスは、人食いの種族を保護するという選択をしました。
もし仮に、スミスがシャンブロウという種族を知っていたら——保護しなかったのか。
たしかにスミスはアウトローな生き方を選んでおり、命の保証ができない種族を保護しない可能性もあります。
しかし、スミスはそんな現実的な人間ではないとも思えます。
『神々の遺灰』では、お金のために命がかかった依頼でも難なく受けていました。
スミスは、シャンブロウの種族を知っていても、きっと助けていたでしょう!
そしておそらく、最後には——同じように食べられていたのかもしれません。
追われている少女を見捨てなかったこと。それがスミスという男の生き方だったのですっ。
【印象に残るシーン・台詞】
最も印象に残るのは、シャンブロウが丸めていた髪を見せる場面です。
そこには髪ではなく——触手が生えていました!
まるで、クトゥルフ神話版のメデューサです。
しかし、メデューサも元々は被害者でした。美しさゆえに神々に呪われ、怪物にされた存在です。
シャンブロウも同じです!
彼女は、人を食べるように生まれついただけ。それは彼女が選んだことではありません。
だからこそ、読者は彼女に同情してしまうのでしょう。
「もし自分が、食べなければ生きられない体に生まれていたら?」
その問いかけが、この作品を単なるホラーではなく、考えさせられる物語へと昇華させている気がします。






シャンブロウは入選するか悩んだのですが、メデューサも人によっては可愛そうな話だと思って今回は選ばせていただきましたっ。
もっと詳しく知りたい人はコチラ!
4.「最後のテスト」
あらすじ(ネタバレなし)
サンフランシスコ、医学界の権威アルフレッド・クラランダン。彼の人生は、旧友ジェイムズ・ドールトン州知事からの一本の電話で大きく変わります。
サン・クエンティン州立刑務所の医務長就任。そこで彼を待ち受けていたのは、想像を絶する試練でした。
黒熱病の猛威、パニックに陥る市民。そして、クラランダンの対応を糾弾する世論。しかし、彼の心は別の場所にありました。
チベットから連れ帰った謎の人物スラマ。二人で密かに進める、禁断の実験。
妹ジョージアナの不安、ドールトンとの恋。そして、ジョーンズ医師による権力闘争。複雑に絡み合う人間模様が、事態をさらに混沌へと導きます。
クラランダンの失脚、そして自宅に籠る日々。しかし、それは新たな恐怖の始まりに過ぎませんでした。
科学者の野心と倫理の衝突を鮮烈に描き出します。クラランダンとスラマが企てる、人類の限界を超えた実験とは。そして、それが引き起こす予期せぬ結果とは——。
こんな人におすすめ!
#兄妹愛 #善悪の境界線を考えたい #医療ものが好き #どんでん返しが好き #狂気と正気のギャップ






読みどころ・魅力
【どこがエモい?】
主人公のアルフレッドは、若くして医療の発展を成し遂げた天才——期待の新人でした。
彼は医療への貢献に人生を捧げていました。しかしその献身は、妹も巻き込んでいたのです。妹はアルフレッドの世話をすることで、遠回しに自分の人生を捧げさせられていました。
物語の黒幕は、助手のスラマと——そして、アルフレッド自身でした。
しかし、アルフレッドは加害者であると同時に、被害者でもあったのです。
彼は狂わされ、人間の犠牲者を出してしまいました。
たしかに、人を殺していたという罪はあります。しかし正気に戻ったアルフレッドは、自身の行いにケリをつけました。
スラマと共に自分自身も、そして自分が研究してきた「不治の黒熱病」の書類も——全てを燃やしたのです。
一見すると、マッチポンプのような話に思えるかもしれません。
しかし、アルフレッドが妹を想う気持ち、そして正常に戻った時の「本当のアルフレッド」とのギャップが——この物語を悲劇へと昇華させています。
さらに、最後にアルフレッドは、他の医者に自身の「一般的な黒熱病」の研究レポートを送りました。
このレポートのおかげで、黒熱病は収まったのです。
どんなに狂っていても、医者として人を救うという使命だけは——彼は忘れていなかったのです。
このオチが、何よりも泣けます。
【何が起きたのか?】
サンフランシスコには黒熱病が蔓延していました。アルフレッドは、この黒熱病の治療を目標とします。
一見すると、ただの医療ものの話に思えますが——これはれっきとしたクトゥルフ神話作品です!
時間は遡ります。
アルフレッドは黒熱病の調査のために国外を旅していた際、奴隷と共にスラマという助手を連れて帰りました。
スラマは見た目こそ気味が悪いものの、賢明な人間で、アルフレッドには欠かせない助手でした。
しかし——このスラマこそが、黒幕だったのです!
実は、アルフレッドはとうに狂っていました。いや、スラマに洗脳されていたと言ってもいいかもしれません。
そして真実が明らかになります。
黒熱病は「2種類」あったのです。
一つは治療可能な「一般的な黒熱病」。
もう一つは、スラマが持ち込み、アルフレッドが流行させた「不治の黒熱病」でした。
アルフレッドが研究していたのは、後者——不治の黒熱病だったのです。
医者でありながら、病気を広めていた。
これだけ見れば、アルフレッドは悪人です。しかし、彼が正気に戻った時——自分の行いの過ちに気づき、スラマと一緒に炎の中へと身を投じました。
【主人公が背負ったもの】
アルフレッドは、医療に人生を捧げていました。
病気を流行らせるという悪行も犯しました。しかし同時に、一般的な黒熱病の治療法も見出していたのです。
人々を殺し、人々を救う。
彼が行ったことは、善なのか、悪なのか——判断が難しいのです。
洗脳されていたとはいえ、犠牲者を出したのは事実です。
しかし、最後に彼が残した研究レポートは、多くの命を救いました。
アルフレッドは、狂わされた医者として死にましたが——医者としての使命だけは、最後まで全うしたのです。
妹のために、人々のために、そして自分自身の贖罪のために——
彼はすべてを燃やし、そして最後の贈り物を遺しました。
【印象に残るシーン・台詞】
陰でアルフレッドを支えていた妹のジョージナは、ある夜、アルフレッドとスラマの会話を耳にしてしまいます。そして、真実に近づいてしまいました。
少しずつ精神を摩耗していくジョージナは、最後にやつれて寝込んでしまいます。
それを見たアルフレッドは——医者としてではなく、兄として妹を心配しました。
ジョージナを起こすために、水を飲ませるのではなく——頭から水をかけたのです。
これにはジョージナもツッコミを入れましたが、この行動こそが、医者ではないアルフレッドの一面なのでしょう。
不器用だけど、妹を想う兄の姿——それが、ここに現れていました。
ジョージナとその恋人のダルトンに諭されたアルフレッドは、ようやく正常に戻ります。
ダルトンの言う通り、アルフレッドもまた被害者だったのです。
ただの殺人鬼ではなく、狂わされただけの——一人の医者でした。
そして彼は、最後に医者としての責任を果たし、炎の中へと消えていきました。






狂った人間が正気に戻る瞬間だけでも目頭が熱くなりますが、アルフレッドの場合、妹の一言で目が覚めているので、もうボロボロでした。
もっと詳しく知りたい人はコチラ!
5.「盗まれた眼」
あらすじ(ネタバレなし)
「私は精神病院で診断を受ける必要もなく狂人と言われました。私の家系には狂人は一人もいません。1963年11月15日、たしかに私は弟の肉体を殺しました。しかし私は無実を供述します——」
これは冷静な声で語られた、恐るべき告白の始まりでした。物語は真実を求める絶望的な叫びであり、同時に警告でもあります。
弟のジュリアンは、神秘に傾倒する繊細な魂の持ち主でした。文学的才能に恵まれながらも、人物描写が苦手だった彼は、兄との共同執筆を始めていました。彼らの関係は対照的でありながら、互いを補完するものでした——少なくとも1962年2月2日までは。
その夜、ジュリアンは運命を変える夢を見ました。泥水から浮かび上がる奇怪な塔。目覚めた後も彼の精神に残り続けるイメージ。それから彼は変わり始めました。古い魔導書を読み漁り、クトゥルフ神話を単なる空想ではないと主張するようになったのです。エイマリー・ウィンディ=スミス卿の著書が彼の信念を強化しました——遥か遠くから来た存在が、今もなお地球の暗部に潜んでいるという恐るべき理論。
5月、ジュリアンの状態は急速に悪化しました。兄は彼を連れてグラスゴーへと移り住みます。ある夜、うなされる弟を起こそうとした時、兄は初めて「それ」の声を聞きました。古い伝承や禁断の書物に影響された狂言でした。
翌朝、ジュリアンは姿を消しました。警察署で保護された彼は、もはや兄を認識することもできませんでした。「巨大な神々が深海の底で待ち続ける」と繰り返しつぶやく彼は、オークディン療養所へと送られます。
兄は1年をかけて真実を探りました。憑依事件の記録を辿り、ジョー・スレーター、ナサニエル・ウィンゲート・ピースリー、スワーミ・チャンドラプトラ、そしてランドルフ・カーターといった名前に行き着きます。彼らに共通する不可解な経験の糸を紡ぎながら、兄は恐るべき可能性に気づき始めていました。
1963年7月、療養所の博士から朗報が届きました。ジュリアンの精神状態が回復したというのです。ロンドンへと向かった兄が再会した弟には、しかし、何か微妙な違和感がありました。表面上は元通りの弟でありながら、その目の奥には、他者の意識が潜んでいるかのような異質な光が宿っていました。
もうこの時には、そこに弟が存在していなかったのかもしれません。
こんな人におすすめ!
#救われない話が好き #兄弟愛 #ホラー要素強め #徹底的に絶望したい #クトゥルフ神話らしい作品






読みどころ・魅力
【どこがエモい?】
正直に言えば、本作を「エモい」と思えるかは——悩むところです。
よくあるホラー寄りのクトゥルフ神話作品と言えば、そうかもしれません。
しかし、この物語には確かに「エモさ」があります。
オカルトマニアの弟が日々狂っていく様子を、心配そうに見守る兄という構図。
そして、弟のために魔術師から弟の体を取り戻そうとした兄の決意。
救われない結末でしたが——それでも、これは兄弟愛の物語だと思うのです。
他の4作品のように、「誰も悪くない悲劇」ではありません。明確な悪——魔術師ペシュ=トレンが存在します。
でも、兄ホートリーは戦いました。
弟を救うために、人外の存在に立ち向かい、そして——
弟を救えなかったという絶望の中で、自ら命を絶ちました。
この徹底した救われなさが、逆に兄弟の絆の深さを物語っています。
【何が起きたのか?】
邪神オトゥームの神官ペシュ=トレンという魔術師は、オトゥームのために地上で活動しようとしました。
精神病院には、弟ジュリアンと同じような症状で狂ってしまった患者たちが現れていました。その中でも、ジュリアンは特に影響を強く受けていた一人でした。
精神病院に収容されたジュリアンは、突如として健康を取り戻します——しかし、この時すでにジュリアンの精神は乗っ取られていたのです。
ペシュ=トレンにとって、地上の光は明るすぎました。そのためサングラスが必須となりましたが、サングラスの下の目は、深海からの気圧の差で赤く膨張していました。サングラスは、それを隠す役割も果たしていたのです。
ペシュ=トレンはジュリアンの体を乗っ取った後、兄ホートリーの家で変わらず小説家として活動を続けます。しかし実際は、家の地下で魔術に励んでいたのです。
最終的にペシュ=トレンは、元の体に戻るために地下室にペシュ=トレンの体(精神はジュリアン)を呼び出し、再度精神交換を試みました。
しかし——
ジュリアンの体(精神はペシュ=トレン)の目に、火かき棒が刺さり絶命します。
精神交換は失敗しました。ジュリアンの精神は、ペシュ=トレンの体に閉じ込められたままだったのです。
そして——オトゥームの怒りに触れたのか、腹いせか——ジュリアンは殺されてしまいました。
スルツェイ島から有機油脂が流れ出たという報道を聞いたホートリーは、それがジュリアンだったものだと悟ります。
弟を救えなかった——
その絶望の中で、ホートリーは飛び降り自殺をしました。
【主人公が背負ったもの】
ホートリーは、狂った弟を救うために、人外の存在ペシュ=トレンに挑みました。
そして、弟の体に入っているペシュ=トレンを殺し、体を取り戻したのです。
しかし——精神交換は完了していませんでした。
ジュリアンの体は取り戻せても、ジュリアンの精神は救われなかった。
そして、ジュリアンは邪神の怒りによって殺されてしまいました。
ホートリーは、弟の「体」を取り戻すことはできましたが、弟の「魂」は救えなかったのです。
弟はもう二度と戻ってこない。
ホートリーは、弟を二度失ったのです。
一度目は体を、二度目は魂を。
そして彼は、自ら命を絶つことで、弟のもとへ向かうことを選びました。
【印象に残るシーン・台詞】
最も印象に残るのは、ラストシーンです。
スルツェイ島から有機油脂が流れ出たという報道——一見すると、何のことか分かりません。
しかしジュリアンは、最後に「彼らに殺される」と言い残していました。
この突如現れた島と、そこから流れ出る油脂が——ホートリーの中で、一致してしまったのです。
それは、弟だった。
いや、正確には——弟「だったもの」でした。
もう人の形すら保っていない、有機油脂という物質に変えられて、海の底から噴き出してきた——
それが、ジュリアンの最期でした。






ハッピーエンドではないですが、僕が兄弟愛や家族愛に弱いので、本作を選びました。
5選の中では一番ホラー寄りだと思います!
もっと詳しく知りたい人はコチラ!
まとめ
いかがでしたか?今回は「実はエモい」クトゥルフ神話の原作小説を5作品ご紹介しました。
- 「緑の深淵の落とし子」:人間として死にたいと願う妻と、その願いを叶えるために引き金を引いた夫の愛が描かれました。これはまさに、クトゥルフ神話版『人魚姫』でしたっ。
- 「戸口にあらわれたもの」:体を乗っ取られた親友を救うため、最後まで諦めなかった主人公の姿が印象的でした。二人だけの秘密のノックが、言葉を超えた信頼の証明になっていましたね。
- 「シャンブロウ」:食べなければ生きられない少女と、それでも彼女を守ろうとした男の物語が描かれました。「誰も悪くない」という言葉の重みを、改めて感じさせてくれる作品です。
- 「最後のテスト」:狂気の中でも医者としての使命を忘れなかった主人公の姿が心を打ちました。加害者でありながら被害者でもあるという、善悪を超えた人間ドラマがありました。
- 「盗まれた眼」:5作品の中で最も救いのない結末でした。それでも兄が最後まで弟を想い続けた姿は、絶望の中に光る兄弟愛そのものでしたっ。
この5作品に共通しているのは、「愛する者のために、誰かが決断しなければならない」という、答えのない問いを突きつけてくる点です。
正解はありません。でも、だからこそ——
誰かのために涙を流し、誰かのために引き金を引く。その選択こそが、人間であることの証明なのかもしれません。
クトゥルフ神話は「宇宙的恐怖」だけではありません。その恐怖の中で輝く、人間の感情や意志——それこそが、最もエモい部分なんです。
今回ご紹介した作品以外にも、クトゥルフ神話には心に残る物語がたくさんあります。
この記事をきっかけに、クトゥルフ神話の新しい楽しみ方を見つけていただければ嬉しいですっ!







