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深海の罠

深海の罠

The Cyprus Shell

真5 ブライアン・ラムレイ
概要
登場人物
あらすじ

本作は1968年、『アーカム・コレクター』夏季号に収録された。

ブライアン・ラムレイ(1937- )は、クトゥルー神話の系譜においてラムジー・キャンベルの後に英国から登場した重要な作家だ。彼が「深海の罠」で文壇に姿を現した1968年当時、すでに軍人としてのキャリアを持つ30代で、高校生でデビューしたキャンベルよりも年長だった。

ラムレイ自身の回想によれば、彼のホラー文学との出会いは10代前半にさかのぼる。『グリーンディメンション』というSF雑誌に掲載されていたロバート・ブロックの「無人の家で発見された手記」に魅了された経験が、その原点となっている。興味深いことに、1961年に西ドイツ駐屯中の書店で見つけたラヴクラフト作品集『Cry Horror!』を読んだ際、かつて少年時代に感銘を受けたブロックの作品との類似性に気づいたという。

転機となったのは1964年、キプロス駐屯中に『漆黒の霊魂』を手に取ったことだ。これによってラムレイは、ラヴクラフトを中心とした創作サークルの存在と、その神話体系の広がりを初めて認識した。以降、アーカム・ハウスの出版物を熱心に収集し、1966年頃までにはラヴクラフトとその周辺作家の作品を徹底的に研究。これを基に自らも創作を開始した。

その後、アーカム・ハウスへの書籍注文に自作の短編を同封した。オーガスト・ダーレスは返信の中で詳細な批評と共に、「計画中のアンソロジーに使える長めの作品を」と依頼。後にこれが『クトゥルー神話集』への掲載依頼だったと判明する。こうしてラムレイはダーレスの誘いに応じ、神話作家としての道を歩み始めた。

現在ではクトゥルー神話の主要作家として認知されるラムレイは、しばしば「ラヴクラフトの再来」と評される。その特徴は熱のこもった雰囲気にあるが、文体の平明さにはダーレスからの影響も見受けられる。専門家の間では評価が分かれており、ラヴクラフト純粋主義者からの批判も存在する。これに対してラムレイは「批評家ではなく読者の反応こそが重要」という創作姿勢を表明している。

彼の代表作『深海の罠』と『続・深海の罠』、『盗まれた眼」は海洋をテーマにした作品群で、個人的な趣味であるダイビング経験から着想を得たと考えられている。特に『深海の罠』とその続編(1971年『暗黒のもの』収録)は、キプロスで読んだカール・ジャコビの『水槽』との関連性が指摘されている。皮肉なことに、これらの海洋怪奇小説を執筆した後、ラムレイが貝類アレルギーを発症したという逸話が残されている。

  • ハリー、ウィンスロー…陸軍少佐
  • アリス
  • ジョージ・L・グリー
  • ジョブリング…伍長

【舞台】

  • 1962年 ダラム州ウエスト・バートリプール市

アリスとの晩餐の席で無作法な振る舞いをしてしまったハリー・ウィンスロー。その原因は料理に使われた牡蠣だった。海産物を見ると激しい嫌悪感に襲われる彼の恐怖の根源には、2年前のキプロス島での恐ろしい体験が横たわっていた。

当時、小隊の司令部将校として任務に就いていたウィンスローのもとで働いていたジョブリング伍長は、休日には海に潜る熱心な貝類学者でもあった。しかしある日、彼は赤子のような奇妙な姿勢で硬直状態に陥る。医師の診察を受けても一時間もその状態が続き、意識を取り戻した後、ウィンスローは彼を任務から外した。

しかし復帰後、再び発作に見舞われたジョブリング。その手に握られていたノートには貝に関するメモと、特に「ペクテン・イルラディアン」という珍しい貝の不気味なスケッチが描かれていた。続くジョブリングの日記は、彼の精神が次第に侵食されていく過程を記していた。
「8月2日 新種の貝を発見するが捕獲はせず観察対象とした」
「8月3日 その貝が魚を捕食する様子を見れた」
「8月4日 悪夢を見た 貝の目線になり、自身が貝に近づく夢だった」
日記は続く。ナイロン線の損傷、異常な眠気、そして催眠術を使うという貝への奇妙な確信。最後の記述「貝を取りに行く」に至るまで、ジョブリングの意識は何か得体の知れないものに徐々に侵され、引き寄せられていった。

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