本作は3,800語の短編小説で、1926年11月9日に執筆された。初出はWT 1931年10月号で、Oに再録された。校訂版がDに、詳註版がDWHに収録されている。
ラヴクラフトによると、この物語を書く際に特定の場所をイメージしたわけではないという。ただし、「マグノリアの巨大な崖」が部分的に設定の着想源となったことを認めており、グロスター近郊の「マザー・アン」と呼ばれる岬も影響を与えたとされる。また、ロード・ダンセイニの「影の谷年代記」に登場する、崖上の家に住む魔法使いたちからもヒントを得た可能性がある。
物語の中心となるトマス・オウルニイの変容は、「恐ろしい老人」を想起させる。オウルニイの身体は日常に戻るものの、その魂は霧に包まれた不思議な家の主と共にあるという設定だ。ネプトゥーヌスやノーデンスとの遭遇は、人間が神的な高みに達する究極の状態を表現しており、オウルニイはこの曖昧な異世界こそが自分の真の居場所だと実感する。
この作品は『セレファイス』の鏡像として解釈できる。クラネスが空想世界で生きるために現実世界で死ななければならなかったのに対し、オウルニイの身体は生き続けるが、心は空想の世界に取り残されるのである。
ラヴクラフトは当初、この物語を1927年7月にWTへ送付したが採用されなかった。その後、W・ポール・クックがThe Recluseの第2号に掲載する予定だったが、1931年春にその号が発行されないと判明。ラヴクラフトは再びWTへ送り、今回は採用され、55ドルの報酬を得た。
- トーマス・オルニー…大学教授
- 恐ろしい老人…別作品で登場した人、本作の家のことも知っている
- 家の主人
- ノーデンス
【舞台】
- キングスポート
キングスポートの北、天を突く岩山の頂。そこに佇む謎めいた古家。町人さえも足を踏み入れぬその地に、一人の冒険者が挑む。
哲学者トマス・オウルニイ、常ならぬものを追い求める学者。彼の好奇心は、ついに人知れず暮らす家の主へと向けられる。
険しい崖を這い上がる旅路。しかし、到達した先に待っていたのは、扉なき家の壁面。十七世紀の様式を纏った二つの窓だけが、内なる世界を覗かせる。
扉は絶壁の向こう側に。この不可解な設計が意味するものとは。
そして、窓に浮かぶ黒髭の顔。柔らかな声で誘う、未知なる主の正体。
常識の境界線を超えた世界の存在を問いかける。オウルニイが踏み込もうとする扉の向こうには、いかなる真実が潜んでいるのか。