リン・カーターの『ザントゥー石板』は、クトゥルー神話への重要な貢献作品である。本作は、ラヴクラフトの『ナコト写本』やリチャード・F・シーライトの『エルトダウン・シャーズ』を模倣し、架空の古代文書の体裁を取っている。
カーターは当初、『墳墓よりの石板』と『奈落の底のもの』という2つの物語を構想していた。特に『奈落の底のもの』は、ラヴクラフトの複数作品から着想を得ており、古代ムー大陸を舞台にした壮大な物語となっている。
作品中で繰り返される「私、ザントゥー」という自己言及は、興味深い文学的手法である。この技法は、古代の偽書や聖書の偽典にも見られ、作品の虚構性を示す指標となっている。ケーテ・ハンブルガーの『文学の論理』を参照しつつ、この手法が虚構の叙述における特徴的な要素であることが指摘されている。
一人称形式の虚構のナレーションは、実際の自伝や歴史的記録を模倣した創作行為と捉えることができる。カーターの『ザントゥー石板』は、古代文書の偽作を装いながらも、読者を欺く意図のない純粋な創作である点が強調されている。
この作品は、クトゥルー神話の拡張と発展に大きく寄与し、後続の作家たちにも影響を与えた重要な作品として位置づけられている。「奈落の底のもの」は1980年にドー・ブックスから刊行された作品集『Lost Worlds』で初めて発表された。
- ザントゥー…主人公、イソグサの大神官・魔術師
- ヤア=ソッボス…ガタノソアの大神官
- ニッゴウム=ゾグ…預言者
- イマシュ=モ…数千年前のガタノソアの大神官、『永劫より』にも登場
- ガタノソア
- イソグサ
- ウブ…ユッギャ種族の長
- 旧神…グリュ=ヴォ(ベテルギウス)に住んでいる
【舞台】
- ムー大陸 イエ―の神殿
古代ムー大陸の神官ザントゥーの生涯を綴る「ザントゥー碑文」。コープランド教授の翻訳とされるこの物語には、教授による脚注が散りばめられ、ザントゥーの語る不可思議な存在や場所について詳細な解説を加えている。
ティオグの時代から約11,000年。クナー王国では、大神官ヤー・トボスの影響力により、ガタノトア神の崇拝が唯一の公認宗教となった。他の神殿は封印され、異教の信仰は禁じられる。強大な政治力を持つクナー王国の動向に、隣国グトゥーの神官ザントゥーは不安を覚えた。
ザントゥーの宮殿は、イェーの深淵のそばに建っていた。そこには上位の神々が置いた古の印によって、イソグサ自身が封じ込められているという。「31の儀式」を研究し尽くしたザンツトゥーは、イェーの扉を開き、神を解放する呪文を発見する。ウブとユッグたちと手を組み、信者たちを集めたザントゥーは、イェーの深淵を見下ろす断崖で儀式を執り行った。
深淵から姿を現したのは、顔のない山のような巨体に一本の黒い角を持つ存在。その姿にザントゥーは畏怖の念を抱く。だが、同じ姿の第二、第三の「怪物」が続いて現れると、ザントゥーは恐怖に打ち震えた。その瞬間、彼は目の当たりにしているものの真の姿を理解し―――